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突然にヤマハSR500の昭和チックカバーシェルを作るための型ができた。実際には色々な工程があったのだけど作業に夢中になってしまうと、もう写真を撮る事さえ忘れてしまう。

簡単に説明すると、左上からオリジナルのサイドカバー、プレーンオス型、ビード用オス型、そしてプレーンとビード兼用のメス型となる。素材はコンクリートでできていて、表面にはエポキシ系のレジンを塗って固めてある。

本来ならプレス加工するための金型を用意するべきなのだけど、カバー一つに金型を起すなんて無謀なので、ホームセンターで買ってきた普通のセメントを使っている。これだと材料費は10ドルもしない。

それで何をしようとしているのかと言うと・・・。

 

これは航空機博物館に勤務していたときの作業を記録しておいた写真で、左上から、工業用レジンで作成した型にアルミの板を挟んでプレスにかけると、あら不思議アルミの成型品ができてしまうと言うもの。右下の写真が完成品のP-39・エアラコブラ(第二次大戦時の戦闘機)のキャノン砲とマシンガンを冷却するダクトとなる。

戦闘機は当然ながら量産品なので、プレス加工してガッチャンガッチャンと大量に生産するわけで、いちいち手作りなんてしていると日本軍にやられてしまう。アメリカの航空メーカーが産業革命以前のようなこんな方法で生産するなんてありえない。

でも戦争が終わってしまえば在庫があるわけでもないので、古い航空機を復元する際にはこうやって図面から手作りするしかないと言うわけ。このパーツも手間と時間をかけた割には、後にも先にも作ったのはこれ一個だけである。

 

ベル P-39 エアラコブラ(Bell P-39 Airacobra)と言うのは左上のような機体で、当時としても画期的なデザイン。水冷エンジンを胴体の真ん中あたりに搭載し、プロペラを回転させる動力をパイロットの座席下を通し、ノーズ部の特殊なギアを介してプロペラを回すというとってもめずらしい機体だった。

設計思想としてはキャノン砲を機体軸と同じ線上において命中精度を上げたかったのかもしれない。あるいはキャノン砲を両翼に乗せるには強度的に無理があったのかとも考えるが、いずれにしてもとっても面倒なメカを満載した機体だった。とうぜん飛行性能は良くなかったらしい。

話を元にもどすと手製の冷却ダクトは右上写真に見える弾装(弾はダミー)の向こう側に装着となる。下の二枚のオマケ写真に写っている黒つなぎの人物は、カナモこと私。

 

めまいがしそうなほど長い前置きを書いてしまった。

これまたいきなりアルミの板材をコンクリート型に挟んでプレスしている作業となる。下から車用の油圧ジャッキで押し上げ、天井の梁から角材を降ろして圧力を加えている。

 

そして恐る恐るプレーンのオス型と押え板を外してみると、両脇にU字溝ができていて見事に失敗。

 

「えっ何で、あーアルミ材の焼きなまし忘れてた!」

使っているアルミ板は0.5ミリ厚の5052-H3なのでそれなりに硬い。成型する前には焼きなましをして柔らかくする必要がある。できればOコンディションまで戻したいが手持ちのバナーではそこまではできそうもない。

 

仕方なくある程度の焼きなまし処理をしたあとに成型したのがコレ。両脇のしわはほぼ消えていて、下側にゆるいうねりがあるだけ。あとは全体的に細かいでこぼこがあるが、これらは少しづつ叩きながら消せると思う。フランジ部のしわは切り取る部分なので問題はない。

この後はビード加工となるが、ちょっと自信がない。もう一度焼きなまししたいけれど柔らかすぎても困るし、そのままで割れてしまう可能性もある。いずれにしても初めて作るパーツなので試行錯誤しかないだろう。

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