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お気に入りのオリンパスOM-2

捨てるに捨てられない大切なオリンパスOM-2

できればシンプルに生きたいものだと、学生の頃から考えていたと思う。モノにこだわらず、複雑な問題に頭を突っ込まず、マイペースで生きてゆければいいと漠然と考えていた。そもそも自分勝手なB型でもある。 でも実際は物欲に流され、流行に追いつける訳でもないのに追いかけてみたりしている。気がつくとプラモデルやミニカーが積み上げられ、ほとんど使わない古いカメラがあって、OSが進化するたびに使えなくなったPCも5台くらいある。そう言えばエンジンのかからないバイクが2台も野ざらしになっている。

断捨離」と言う言葉を耳にするようになったのは最近だと思う。新語だと思うけど、要するに不要なものを自分の生活から処分する。あるいは最初から持たないような事だろう。「夫を断捨離しました」なんて、聞くだけで震え上がるような事を実行された奥様方もいるらしい。(それって粗大ゴミ?)

シンプルに生きる事と断捨離は相性がいいような気がする。と言っても積極的に断捨離生活をはじめようとは思っていない。ごく自然に身の回りから不要なものを整理していって、スッキリできればいい。ちなみに仕事は自営業をほぼ一人でやっているので、職場のメンドーな人間関係はすでに断捨離が成功している。(ただしいつまで続くのか予想もできない)

物欲に関しては震災以降からだろうか、開放されつつあるような気がする。私たちの身の回りにあるものはすべてが借り物で、最後は全て手放さなくてはいけない事を意識している。家も以前は5ベットルームくらいある家が理想だと思っていたが、今の3ベットで充分である。いやアメリカの家はどこも大きすぎる。税金も保険も維持費も年々上昇しているし、もうね、山小屋みたいのでいいやと思っている。

ネット環境と言うのはモノが存在しない。例えば映像や音楽で言えばビデオテープもCDも要らないわけで、すでに「断捨離」が完成しているのだろう。最近はテレビもみないし、新聞もみない。ほとんどがスマホで完結している。例えば南の島に小さな小屋でも建てて、釣りでもしながら過ごして、仕事や一般社会との繋がりはネットだけなんて妄想を妻に話したら、それこそ「断捨離」されてしまうかもしれない。

そのときは粗大ゴミでもなく、生ゴミでもなく、せめてリサイクル品扱いだとうれしい。

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